かわいらしいお歌(失礼だろうか...)で有名な良寛和尚と、彼の弟子にあたる貞心尼との交流を描いた小説『手毬』。瀬戸内寂聴という人には、個人的にちょっとしたわだかまり(?)がある。十代の頃は、実は寂聴という人と、その人が書く作品に、どうしようもなく猛烈な苦手意識を持っていた。そして、いい年になってからも、やっぱり苦手意識は残ったままだった。
が、この人の書く文章は、やっぱり美しい。誰にも分かりやすい平易さがありながら、あくまで文章は美しく、そしてここが一番この作品で私が”やられた...”と思ったところだが、ひたりひたりと浸み込んでくるような官能性がある。
良寛と貞心の交流の中にも、その官能性はもちろんあるのだけれど、もう一人のキーパーソンとなる人物、行商人の佐吉と貞心の精神的な触れ合いには、体の芯が震えるような思いがした。
佐吉は、貞心が住職をしている寺に時折訪れる若い行商人で、何かと貞心を気にかけてくれる存在である。一方、貞心は出家したとはいえ、まだ年若く、そして美しい。佐吉は、茶化しつつも貞心を女性として気にかけているようであるし、貞心も良寛へ憧れの思いを募らせる一方、若い佐吉に知らぬ間に惹かれてしまう(佐吉、かっこいいんですよとっても....)
しかし、貞心は出家の身。色恋の道へは容易くおちることはできないと佐吉も十分承知しているし、貞心自身も葛藤しつつも己が色恋の道へおちるなど有り得ないと思っている。けれど、そうは思っていても、会うごとに二人の思いは重なるように近づいて行く。
信仰と肉体的な欲求の狭間で淡く揺れ動く尼僧というと”いかにも”という感じがしてしまうが、そういう俗っぽさを感じさせないのはやはり流石だと思う。
寄せては返す波のように、近づいては離れてを繰り返す佐吉と貞心。その二人の別れのシーンは、ある意味この小説の中でクライマックスと呼べるシーンだと私は思っているが、ここで私は心臓をぎゅうっと掴まれたような心地になった。ほんの一瞬のうちの触れ合いが、痛いほど官能的に映ったからだ。
一方、良寛と貞心の関係は、どこか性的な香りを漂わせてはいるが澄み切っている。二人が共に語り合い、酒を飲み交わす場面は、いらぬ雑音(煩悩など)が入り込むすき間がないほど静かだ。これは貞心と佐吉の、若い者同志が故のもどかしく、また奥底に肉体的な欲求を秘めた関係性の描写があったからこそ際立って見えるのではないかと思う。
全体を通して淡々と抑えた表現の文章だが、冒頭にも書いたように、ひたひたと忍び寄るような一筋縄ではいかない官能性あり、また読後には滲むような切なさと温かさあり、派手な作品ではないと思いますが、手元にあれは何度でも読み返して楽しめる作品だと思います。あと、ここ大事!大人の男女にこそ、読んで欲しい作品です!(慣れない文体で疲れました最後馴れ馴れしくてすんません><!)
夢にも見るほど憧れて慕う良寛さまに差し上げようと、今日も日がな一日七彩の絹糸で手毬をかがる若き貞心尼。―17才の秋に医者に嫁いで5年、夫の急死で離縁され24才で出家した長岡藩士の娘、貞心が、70才の良寛にめぐり逢ったのは30才の時だった。行商のいなせな佐吉に恋慕をぶつけたくなる貞心のもうひとつの心の安らぎと、師弟の契りを結んだ最晩年の良寛との魂の交歓を描く。
-以上「BOOK」データベースより引用-
最近はあまり絵本なんて読む機会はないけれど、過去を思い出すと、絵本というのは一人っ子で友達を作るのが下手だった私にとって、常に仲の良い友人のように私に色々な事を教えてくれる存在だった。好きだった絵本をいくつか挙げてみると、、、
こうつうしんごう あか あお き/ふしぎなえ/どろんこハリー/そらいろのたね/ぐりとぐらシリーズ/おじいさんの小さな庭/雪ばら 紅ばら/スノーマン/おおきなかぶ/ちびくろさんぼ/不思議の国のアリス(しかけ絵本)/手ぶくろを買いに/はじめてのおつかい/おでかけのまえに/しろいうさぎとくろいうさぎ/幸せな王子/ガルドンのながぐつをはいたねこ/猫のヤコープ/いない いない ばあ/多毛留/月光公園(これは最近出会った)etc....
などなど、なつかしー記憶が蘇ってくる。どれも大好きだった。
名前を忘れてしまった本もあるので、他にももっともっと沢山の素敵な絵本に巡り会ってきたことだと思う。
大人になった今でも、当時の絵本たちは全く色褪せていないし、すごいことだよなぁと本当に感心してしまう。
『月光公園』。
これは最近出会った絵本だけれど、とにかく絵が美しいので、機会があれば見て頂きたいなぁ。幻想的でとても素晴らしい絵本です。個人的には ”ため息が出ちゃうくらいステキ”と思ってる絵本です。
この絵本を読みながら、もし小さい頃にこの絵本に出会って、この美しい絵を見ながら主人公になるところを想像したら、どんなに素晴らしい空想の世界に旅立てたかなと思います。
小さい頃に想像する世界って、今よりも現実と夢の境目がずっと曖昧で、本当に魔法みたいな世界が一瞬で想像できましたよね。今見ても、勿論素敵な絵本だし、きらきらした空想の世界に連れていってくれるけど、小さい頃だったらもっともっと自由にいろんな事を考えて飛び回れたんだろうなと、そう思うわけです。
あのころの空想力の逞しさって、子供のひとつの才能ですよね。それを助けるのに、絵本て本当に役立ってたんだなと思います。
『のぼうの城』で一躍大ブレイクした和田竜さんの新作。舞台はやはり戦国時代。戸沢家の猛将・林半右衛門が、近隣の者達から「阿呆」と揶揄されている少年・小太郎の天賦の才を見抜くことから、物語は始まる。ストーリーは大変明快で分かりやすい、故に深みに欠けると感じる方も居るようである。が、個人的には、主人公の二人は勿論のこと、その二人を取り巻く登場人物が悉く魅力的で、あっという間に読み終えてしまったほど面白い作品だった。アマゾンのレビューに、本作は歴史小説というよりは、歴史を舞台にしたエンターテインメント作品であると書いていた方が居られたが、確かにその通りかもしれない。
で、真面目に書くのに既に疲れてきたので...こっからはテンション任せで書きます。多分とっちらかった文章になりますが...申し訳ない;
家臣の中でも右に出る者が居ないほど強く皆に慕われてはいるが、強いが故に弱い者を慮ることを知らない林半右衛門と、戦場においてこれ以上ないという程の天賦の才を持ってはいるが、人を怒ることも憎むことも知らない度外れて優しい少年・小太郎。この二人の対比を上手く使って、読む者の心に、人並みになるとはどういうことなのか、本当の強さは、人を思いやるとはどういうことなのかということを絶えず問いかけている作品のように思います。(何だか私が書くと凄く陳腐な話に見えてしまうなぁ....orz)
半右衛門が小太郎に向かって「人並みになるとは、人並みの喜びだけではなく、悲しみも苦しみも背負うことだ」と語った言葉が、とても印象深かった。そして、それまで弱者に対して憐れみの心を持ちこそすれ、常に強者として振る舞い、弱者の心を思いやりその弱き者の立つ場まで降りてこようとしなかった半右衛門が、小太郎との触れあいを通し、悩み挫折し、立ち直った末に新たに行き着く境地には、非常に鮮烈な新鮮なものを目にした気持ちになりました。
ただ、ラストがイマイチ消化不良というか、もう少し未来に明るくひらけた展開になってほしかったな...ということもあり、★は4つです。
しかし、屈強な男とあどけない少年、この組み合わせはズルイ...LEON然り(これは少女だけど)、ストレンヂア然り、ついつい涙腺のゆるんでしまう組み合わせ。ありきたりかもしれませんが、とってもいいお話ですよ。本当とっちらかった文章になりましたが、オススメでございます。
ちなみに、某勝○先生がテレビでこの本の書評をしてらっしゃって、評価は高かったものの残酷なシーンが多い的なことを仰っておられましたが、個人的には全くそんなことはないと思います。ので、ご安心下さいませ(?)
『死国』読了後、間をあけず読んだ『狗神』。その名の通り、土佐に伝わる犬神伝承をもとに書かれた伝奇(ホラー?)小説。犬神憑きとか村社会と聞いて「お?!」と思う人は、楽しめる作品であると思う。
この小説には重要なモチーフとして能の「鵺」が登場する。これが大変興味深い。お能には全く興味がなく、深く知りたいとも思わなかったのだけれど、小説の中で語られる「鵺」の歌詞の意味を知って、俄然興味が湧いた。『死国』を読んでいても思ったが、板東真砂子という人は、ともすると小難しくなってしまう歴史に関する昔話や神話、伝統芸能の知識などを、お話の中にさらっと潜り込ませ、分かりやすいよう噛み砕いて書くのが上手い人だなぁと思う。歴史好き、伝統芸能好きである自分には、そういうところがたまらなく面白い。
しかし、この著者が地元高知を舞台にした話を書くと、やけに血の匂いが濃いような気がするのは何故なんだろう。それがこの人の持ち味なのだろうけど、これだけ血生臭い(≠残酷)話を書く人ってのも珍しいような...それとも女流ホラー作家には、こういう話を書く人が多いのだろうか。あまり数を読んだことがないので分かりませんが、この人の血生臭さは不思議でなりません。
『古事記』において伊予之二名島と呼ばれ、伊邪那岐命と伊邪那美命によって淡道之穂之狭別島(淡路島)に次いで、二番目に産み落とされた四国。その四国・高知を舞台にして、生者と死者の世界が交わり出す様を、恐ろしくも日本的情緒を散りばめ、幻想的に描いた作品(訳わかんないな;すいません;)。1999年に映画化もされている。wikiによれば、こういうジャンルはジャパネスクホラーと呼ぶのだとか。「古代伝承を基に、日本人の土俗的感性を喚起する」と内容紹介にもあったので期待して読んでみたが、若干期待はずれだった。詰まらなかったというわけではなく、むしろ土着的な昔話や神話などを織り交ぜて進んでいくストーリーは歴史好きな人間からしてみれば大変楽しく読めるものだったのだけれど、いまいち登場人物に感情移入できず、最後までのめり込めなかった。
ただ、歴史が古く、お遍路さんや四国八十八箇所などで何となく神聖なイメージの付きまとう四国の濃い魅力が詰まった一冊なのは間違いないように思う。
方言好きさんにもオススメでっせ。土佐弁、いい!
乱世に生きた忍びたちを描いた短編集。元々忍者に興味があった為、基礎知識を取り入れる為に購入したが、予想以上に面白くまた役に立った一冊。同じ著者の作に、これとは別に忍者を描いた『風神の門』(上下巻)があるが、『戦国の忍び』は短編集なので読み進めやすく、一つ一つの話は短いが、短い文章の中にこれでもか、と忍びの性や下忍としての悲惨な生き様が描かれているので、忍びの入門書としては持ってこいなのではないかと思う。
忍者、というとアニメなどではヒーロー的にかっこよく描かれることが多いが、この作品の中にはそんな忍びは登場しない。みな幼いころから「人を猜疑する機能のみを育てられ、妻子も持たず」、戦場で手柄を立てても武士からは見下され、老いて使い物にならなくなれば打ち捨てられ朽ちてゆくのを待つだけの、「人の畸形(きけい)」だ。この話に登場する忍びたちは、人間らしい感情に欠け、孤独で悲しく、そして刹那的だ。でも、それこそが本来の忍びの姿だったのだろうと思う。
まあ、小難しいことを書き殴りましたが、山歩きの慰めに馬酔木の葉を飄々と囓っている忍びの描写に心躍るような方には、とってもオススメです(笑)
ちなみに、この本に登場するのは伊賀忍者のみ。甲賀忍者と伊賀忍者の違いを楽しむには、先ほど出した『風神の門』が持ってこいかなと思います。こちらについては、また別個に書こうと思っています。
- 『戦国の忍び』各編紹介 -
みじめな生活から逃れるべく伊賀を抜けた若き下忍・猪ノ与次郎の予想外の運命を描いた「下請忍者」。
武田信玄が織田信長のもとに送り込んだ謎の忍者・知道軒道人に、伊賀忍者・蚊羅刹喜平次が立ち向かう「忍者四貫目の死」。
真言立川流や僧兵大名・筒井家に関わる闇の中で、上忍殺しの犯人探索に乗り出した梅ノ源蔵が兄弟子たちと闘う「伊賀者」。
優れた伊賀者として伝わる湯舟ノ耳無と岩尾ノ愛染明王が死力を尽くして対決する「伊賀の四鬼」。
徳川家に仕えた伊賀同心が二代目・服部半蔵に叛旗を翻した事件を、新たな解釈で綴った「最後の伊賀者」。
-以上 出版社/著者からの内容紹介より引用-


